中国女性との国際結婚体験記2

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国際結婚 中国体験記2

運営者多田自身の体験記です参考になれば幸いです。

右の写真は中国の結婚式等で使われるイメージです。

結婚式 

国際結婚 中国現地での体験

私の国際結婚 体験記パート(2)です。
体験記(1)読んで無い方へ

第一関門、 両親にまったく相談せずに決めてしまったので両親へ報告です。
正月でもないのに里帰り、と言っても(東京)です両親は何か有ったのかと心配な面持ちで迎えてくれました、タイミングを見計らって切り出しました。

結婚
反応は意外とあっさりお前の人生だから親は喜んで応援すると言ってくれました。

第二関門 まずは訪中日程中の長期休暇を会社の上司に相談しなければなりません (私の場合1回の訪中2週間でお見合いから結婚まで行うコース)
注:現在は入国管理局からの花嫁入国の許可がでません「偽装結婚」の疑い理由)そもそもこのへんから私の場合は波乱万丈の国際結婚だったのです。

この時点ではその様な事は全くの素人ですので業者を信じ言われるまま会社に2週間の休暇を頂く相談で初めて中国女性と国際結婚する事を打ち明けました上司もそれはめでたい事とすんなり特別に許可をくれました、とりあえず関門は2つ突破し。

それからは訪中の日がまちどうしく遠足前の小学生のようでした。
もともと中国の歴史文化(京劇)や生活に興味が有りましたので現代中国が理解できる本を3冊購入し毎日興味深く読みました(優等生)ひさしぶりに読書をいたしました、おかげでかなり現在中国の現状を把握することができ下ごしらえ完璧で訪中日を待ちました。

いよいよその日が来ました朝5時に起き地元駅から新幹線で1時間で名古屋駅そこからはバスに乗り中部国際空港へ行き業者社長と待ち合わせの場所へ、すでに社長は到着してました。

出発は12:15、充分時間には余裕が有り空港内を散策してから中国南方航空(エコノミークラス)へ乗り込みました余りの狭さに驚きそして客室乗務員(スチワーデス)の無愛想にまたまた驚き早くも中国という国の洗礼を受けました、さらに2時間たらずのフライトにも関わらず食事が出る気配を感じていると(肉、魚)どちらかと聞いてきましたのであまり食欲がなかったのでとりあえず魚と答えると無造作に小さなテーブルに置いてゆきましたパンとマーガリンもあり見るだけでお腹がいっぱいになりました。

社長は肉を選びきれいにたいらげておりました。味は予想どうり私の口には合いませんでした。現在20数回この飛行機に乗ってますがそれいらい一度も口にしていません。気圧の関係で飛行機がかなりゆれるので飛行機酔い防止にフリードリンクのビール(朝日)を注文しなんとか酔わずにすみました。

相変わらず客室乗務員は無愛想(最近はだいぶ良くなってます)
予定どうり大連空港に到着、出口では社長の奥様(大連で商売をしている)が迎えに来ておりました、さっそくタクシーで奥様を家に送りそのまま目的地の丹東へ向かいました。

大連はかなり町並みも奇麗にととのい高層ビル群も有り日本と変わらないなーと思いましたが20分も走ると海の近くか魚の腐った匂いが強烈にしてきてそのギャップが中国らしいと感じ(魚介類加工会社多数現在は取り壊し更地になってます)
あとはタクシーの運転手がサーキットのように前の車を追い越しそして信号は無いが如し交差点では先に入った者勝ちのルールなのか交差点でそれぞれにらみ合い動かない状況話には聞いてました(中国現代の本)にも有りましたが遭遇すると怖いですやっと市街を抜け農村地帯へ今度は車は少なくなりましたが馬車や自転車、歩行者が道の真ん中を渡って行きます

それをクラクション鳴らしながら縫うようにタクシーの運転手が100キロ以上で飛ばします車は20年前の(ワーゲン、サンタナ)タイヤが4本とも中古で別のメーカー使用、洗車はいつしたか不明その車で時速100キロ道は想像どうりのがたがた道です、私は何時に着くのか社長に尋ねると運転手に聞き4時間で着くと言い空港を出たのが1時30分(時差で1時間戻ります)6時には着くと計算し寝ることにしましたが、がたがた道と蛇行運転で一向に眠れません。

現在は中国の発展とともに空港近くから高速が昨年開通し所要3時間で真新しい道を気持ち良く走ることができますので、ご心配には及びません。

やっと滞在予定のホテルに着いたのは予想どうり(2時間遅れ)8時でしたホテルの外観はなかなか立派に見えひと安心、しかし従業員の態度は飛行機の客室乗務員より当然無愛想だんだん中国に慣れてきました、サービスと言う概念は存在しない国(逆に慣れるとこちらも気を使わなくて済むので楽)

ここ数年でサービスも売り物という概念は中国人も浸透しだしたようですが、ちょっと前はひどかったですよ ホテルの部屋はまあまあでしたが社長おすすめのレストランでの夕食、日本で言う鍋料理にゴマダレ?まあーなんとか空腹でしたので食べる事ができました、明日は朝からお見合いの予定ですので熟睡するためにビール(冷たいのがない)をたらふく飲みおまけにバイチュウと言う中国の焼酎を飲み気持ち良くなったところでお開きホテルへ戻りシャワーを浴び熟睡体制に入ったところ早くも隣のベッドで猛烈な「イビキ」がすごいんです当面この社長と同部屋です、

これはすべてノンフィクションです、まるで作り話みたいですが本当のことなんです。

花嫁
翌朝少々二日酔いと寝不足で体調は余りよくなかったですが、お見合いですので気合をいれてのぞみました。

まず初めの女性一番若い(20代前半)小柄で髪が長くストレートの可愛い感じの女性でした自分としていきなり○です女性も写真とプロフィールで元々私の事を気に入ってくれていたようです彼女は母親と来ておりその気十分のようでした、しかしまだ4名待ってます全員に会ってから決めればいいのです。

2人目今度は30代前半の色っぽい美人(出るところが出ているグラマー)写真より奇麗です正直◎です(現在の妻に叱られますが)正直迷います。

3人目、前の2人よりは普通の女性です少し太めでした(太めは余り好きではない)が自分の意思を持ち質問に対しての話し方も頭がよさそうに感じ△ 4人目は全体的に自分に合わない印象×

5人目の女性はかなり積極的で初めにバラの花一輪を私に差出しにっこり微笑みながら質問に答えておりましたが△。

4人目は全体的に自分に合わない印象×

5人目の女性はかなり積極的で初めにバラの花一輪を私に差出しにっこり微笑みながら質問に答えておりましたが△。

全員と会い、ますます迷ってきましたが煙草を一本ふかし考えて3人目の太め△の女性に決めました。条件的に仕送り必要なし子供は作らなくても良い(私は子供を作らないつもりでした)血液型B(私はO型相性が良い)これも私の希望どうり、一番頭が良さそうが決め手です。

一番若い女性は捨てがたいが長い夫婦生活を考え容姿ではなく性格重視で決めました。今でも妻は「あの時になぜ私を選んだか」を聞きますその時には前記した内容を話すと怒ります。夕方から彼女の案内で丹東市街観光です、とにかく人が多いどこへ言っても混んでます、人ごみが苦手な私はホテルへ帰るように筆談で説明しホテルへ戻り筆談と身振り手振りで会話?

夜は婚約の食事会です彼女は常に隣にいてくれて食べきれないほど料理を皿へ運んでくれました。
当時私は48歳で彼女は28歳です、こんなに若い女性と結婚できるとは夢にも思っていませんでしたが、現実に隣で微笑んでいます。

特別に美人でもなく少々太めの健康体型、これからの長い人生の伴侶として我ながら正しい判断と言い聞かせ(不安は当然有ります、しかし彼女も同じ不安があるはず)食事のあと彼女は帰宅、翌朝ホテルへ8時に来ると約束して別れる。
ホテルで一人考える・・・お見合い訪中まで写真とプロフィールだけ

(現在はメール交換やテレビチャットなどが有る)でこんなに早く結論を出して良いものか自問自答・・・・・ 結論、「出会いはきっかけでしかない」であればそのきっかけを生かすも無くすも自分次第!
相手に理想を求めるのでは無く自分が相手と幸せに暮らせる努力する事が大切!その気持ちが相手に伝わり相手も私を幸せにしてくれるんだ!

今までの自分は相手に対しての理想ばかり考える(美人がいい、小柄な女性、料理がうまい、おとなしい、頭が良い、性格が良い)相手に完璧を求める自分がいる・・・ そういう女性と結婚したいなどと思っていました・・・ でも相手がいない・・・・矛盾当たり前です!(天の声)

相手にばかり理想を求め自分(完璧ではない)を見てない(気ずいてない)
50歳まえのオヤジって事を忘れていた(若い頃はカッコよかったけど)
翌日時間どうりに彼女はホテル到着、彼女は結婚登記に必要書類を役所数か所に出かけました 私はホテルでのんびり待つ (私たちの時は1度の訪中でお見合い、婚約、結婚登記、披露宴)これからハードスケジュールが待ってます
(現在は2度の訪中でスケジュールもゆったりできます)

私がのんびりしている時も彼女は結婚のために動き回っているのです(しかもこの日はあいにくの雨でした)
夕方書類を揃え帰ってきましたジーパンは膝まで濡れていました私はシャワーを勧めましたが一旦実家に帰り着替えてまた来ると部屋を出てゆきました、一緒に役所関係について行ってやれば良かったと反省しました。

6時ごろ着替えて笑顔でホテルへ戻ってきた時の顔は本当に可愛かったです・・・愛情はこういう事の積み重ねなんだと実感相手を思いやる時に本当の愛情が湧いてくる言葉や物や形では無い!

スケジュールはハードでも彼女の直向きさはずいしょに現われ其の度に愛情が湧くのを覚えました。
俺の選択は間違っていなかったを少しずつ感じて行った日々・・・・ 手続きは順調に済みいよいよ赤い手帳(結婚証)も無事に発行され彼女のご両親、親戚、兄弟、友人等を集い結婚披露宴ですご両親や親せきが心から喜び祝福してくれました、中国焼酎(バイチュウ)もかなり飲まされました、

中国は一気飲みがあたりまえです?この日は無礼講です。
彼女のウエディング姿はすごく奇麗でした、母親が涙ぐんでいました、父親は私とバイチュウ一気飲み合戦です。なにより彼女の友人が多く参加してくれました全体の半分は友人でした彼女の人望がこういう所にも表れます。その友人たちも喜んで彼女の幸せを祝福しておりました。

その夜は友人達と地元のカラオケへ行き夜中まで歌いまくりました、中国人は皆歌がうまい!
私も独身貴族であちこちで歌ってましたので日本代表の気持ちで歌い拍手喝采でした。
中国人の中で彼女が一番、私好みの歌を歌ってくれしかもうまい!
(ちなみに演歌は歌いません)

翌日彼女の実家へ挨拶、彼女の実家は平凡な日本で言うサラリーマンの家庭です4階建ての3DKタイプの公営住宅(団地)今日は家族だけで昼食です母親手ずくりの餃子美味しかったです中国では餃子は特別な日に作ります、なにより最高のご馳走です。

結婚は相手の家族や親戚ともつながりができることです、ご両親の人柄や親せきの人たちの人柄を見ていると彼女の生まれ育った環境がわかります。

自分の判断は間違っていないことを改めて理解するのです。
結婚てこういう積み重ねだと思います。
そうこうしている内に楽しい時は時間が立つのが早いもの帰国が近づいてきました 帰国前日は大連で観光予定です、あす朝には丹東を出発です、ご両親に挨拶をし再会の約束をしホテルへ戻りました、

ホット一息ついた時どうも熱が有るのに気づき風邪を引いているようです、彼女は直ぐに実家へ戻り風邪薬を持ってきてくれました、熱はかなり上がり寒気を感じるぐらです、中国の昔からある煎じ薬のような物ですお湯でといて飲みます、
10分位で汗が吹き出し唸っている私の汗を一生懸命拭いてくれその夜は大変でしたが翌朝は熱も下がりだるさは有りますがかなり治っている実感です、中国四千年の歴史はすごいと思いました。
おかげで予定どうり大連へ行き一日観光を楽しむ事ができました。

翌日なごりおしくも帰国です空港で別れる時間が来たときの彼女の顔は今でも思い出します毎日手紙を出す約束とたまには電話で片言の日本語と片言の中国語で話す約束をしてしばしのお別れとなりました。
この続きは・・・・・・

運営者:多田 誠司 静岡県浜松市中区佐鳴台4丁目3-8 電話053-523-6007携帯090-1703-8123
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